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2012年12月

蔵元は加藤清正の子孫といわれる古酒屋のひとりよがり

噂であるが、歴史を調べてみると、
寛永9年(1632年)に加藤家が改易となり
忠広は堪忍分1万石を与えられて
庄内藩にお預けとなった、とある。
加藤家の家系は、山形県酒田市大字新堀などで続いている。
そうであるが‥

一度、たずねてみたい。

酒銘:古酒屋(こざかや)のひとりよがり
蔵元:冨士酒造(山形県鶴岡市大山)
創業:安永7年(1778年) 

蔵元の加藤家は、戦国の武将・加藤清正の子孫であるとか。
加藤清正の嫡男 忠廣公が出羽国庄内に配流され、加藤家の歴史が始まった。


加藤清正
加藤 清正(かとう きよまさ)は、安土桃山時代から
江戸時代初期にかけての武将・大名。肥後国熊本藩初代藩主。
別名虎之助(とらのすけ)

豊臣秀吉の子飼いの家臣で、賤ヶ岳の七本槍・
七将の一人である。その後も各地を転戦して武功を挙げ、
肥後北半国を与えられた。秀吉没後は徳川氏の家臣となり、
関ヶ原の戦いの働きによって肥後国一国を与えられ、
熊本藩主となった。明治43年(1910年)に
従三位を追贈されている。

生誕 永禄5年6月24日(1562年7月25日)
死没 慶長16年6月24日(1611年8月2日)


そして、

加藤清正の名言

汝らは等しく予が股肱(ここう)、腹心なり。
使うところはその器に従うのみである。

※家臣にはそれぞれ特徴があり、得手、不得手がある。
将たる者はその家臣の器量に応じて用いてこそ、
優れた力を発揮する。

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